過去に耐えるためのマヨゲン其の1

「そこにある記憶を認める」

シャワーに入る。顔をひとつ撫でてから、髪を濡らす。髪から頭皮や耳の裏、顔を伝って水がボタボタと音を立てて床に落ちていく。

何気なく、人生のなかの思い出したくない瞬間ってあるじゃない? そういうのが、そういうときに本当に何気なく、しかも突然に頭のなかに浮かび上がってくる。

ハッ! と、頭を振る。強く降る。滴っていた水が振り飛ばされて壁に潰れていく。ふざけるなと思う。

人生のなかの思い出したくない瞬間が突然頭に蘇ってきて、ふざけるなと思う。たぶんふざけるなと声に出している。

戻れるなら戻って、やり直したい。やり直せるなら、あんな間違いはしない。だが戻れない。やり直しもできない。時間は過去には戻れない。

過去は、自分であり自分を幸せにする媚薬でもあり自分を苦しめる敵でもある。良いことばかりではない過去は時に全ての良い記憶を覆い尽くしてボクを苦しめる。

どうすればこの記憶たちを捨てられる。思い出さないだけでもいい。ふと気を抜いた瞬間にボクを襲うこの記憶たち。ボクをののしる記憶たち。ボクを縛る記憶たち。

もういいじゃないか、許してやれ。いや許せぬ、オマエには生きる価値がない。

振り子は、揺れる。

揺れる振り子を胸のなかにぶら下げたまま、平気な顔をして今日も街を歩く。

一所懸命になれる間はいい。毎日のなかで、一所懸命になれる時間はいい。何も思い出すことなく、目の前のことに一心不乱になれる間はいい。

そうでなくなったとき。ふとした瞬間。日夜、記憶たちは蘇り、ボクの振り子を揺らす。

オマエは死ねばいい、いや死ねぬ。の、繰り返しにたどり着く。言葉が胸を衝く。

それでも、前に進む。

記憶たちが絶叫する頭蓋骨を両肩で支えて、振り子が揺れに揺れる胸を頭蓋骨の直下に収めて、それでも前に進む。

もはや自分のためという意識も薄れ。

たとえばあなたのために前に進む。

たとえば誰かのために前に進む。

たとえば道端で泣いている幼子を抱き上げるために前に進む。

たとえば悲しみの果てにうつむいている人に手を差し出すために前に進む。

うるさい。

ふざけるな。

黙れ。

ボクは本気だ。

オマエたちがそこにいることをボクは認める。

オマエたちがボクのなかにいることを認める。

過去の記憶が過去のボクであることを認める。

それを抱えたまま、前に進む。

記憶たちが絶叫する頭蓋骨を両肩で支えて、振り子が揺れに揺れる胸を頭蓋骨の直下に収めて、それでも前に進む。

もはや自分のためという意識も薄れ。

たとえばあなたのために前に進む。

たとえば誰かのために前に進む。

たとえば道端で泣いている幼子を抱き上げるために前に進む。

たとえば悲しみの果てにうつむいている人に手を差し出すために前に進む。

必ず。

必ず。


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