人間不信のときのマヨゲン其の3
「また信じるよ、きっと。」
裏切られたほうにも理由があるんだよ。そんなことは分かっている。だからなのか、許せないという気持ちにはならなかった。ああ、そうか、キミもか。そう思っただけだ。
ボクはそれほど誰かを信じていなかったのかな。信長ほど或いはカエサルほどには。
「裏切り者」で検索をかけても出てくるのは10人を超えるくらいか。裏切りなんて数知れず存在するはずなのに、歴史的に数えられるのはそれだけなのか、なんだガッカリと苛立ちとともにつぶやいてしまうほどには、ボクの胸のなかにも痛みがあるのだな。
自分で理由を探しては、もうどうでもいいと打ち消してみる。あの人とあの人と、数えてみては打ち消してみる。もうどれくらい繰り返して。
「おい、詩人。そろそろいいか。」
出たな。肉体絞り魔改造バスケ野郎のオカやん。
ボクは以前キミにワインが好きだと言ったが、何年か前にプリミティーヴォという葡萄と出会って以来、フェイバリットはそれだ。イタリアのプッリャ(プーリア)州原産だがプッリャ州のワインはプリミティーヴォでなくとも一度は呑んでみるくらいにはプッリャ州産のワインも好きだ。特徴があるからさ。ちなみにプリミティーヴォとアメリカ産のジンファンデルは同じ葡萄の品種だそうだよ。
「いつからソムリエになったんだ。新しいステイタスはソムリエ詩人か。いや違うな、酒場放浪記の後釜狙いなのか。」
違うわ!
「じゃあ、女酒場放浪記か。」
違うわよ!
「……本当は凹んではいないんだな?」
ああ、もともと凹んではいなかったみたいだ。
「おい。いまオマエは数千万人の読者を裏切ったことになるぞ。いいのか?」
違う。
まず数千万が違うが、凹みも違う。凹んだのではなく、大きくて深い傷を負った。そしてその傷は未だに治っていないな。未だに出血状態。糸で縫い合わせたのに、傷が塞がらない。傷口がギザギザなんだな。あれだ。連刃刀や無限刃の傷口。
「おい、気をつけろ。いまオマエが触れようとしているのはいくら好きな作品とは言え、触れ方注意のヤツだぞ。いくらコミックス全28巻を熟読していたとしてもな。」
眠りの世界に落ちていく瞬間に過去のことが転がり落ちてきて眠れなくなる。どす黒く冷えているくせに燃えてもいるような感覚が身体に充満するんだ。何度も振り払おうとするけど振り払えない。うめき声がこぼれる。くそ、と言ってみる。
「糞はお前らだろ。のシーンだな。」
やめろ。キミも読者か。
「いや、映画でな。」
尚更だろ。
「オマエはな、また信じるよ。」
なんだと。
「オマエは、また人を信じる。きっとな。」
いやもう有り得ないよ。ボクはこの先一生、人間不信だ。
「オマエは全くサラサラの真っ白ちゃんなのか? 純真無垢か? 白無垢か? 自分自身は1mmも悪くないとオマエは信じているのか?」
そんなことはないよ。ボクは大バカかもしれないけれど、自分が1mmも悪くないだなんて考えられない。
「そうだろう。だから、オマエはまた人を信じる。そして、それでいいじゃねえかよ。」
なんでだよ。
「自分が悪くなかったか。そう自分で考えられる人間である限り、オマエを信じる人間は必ずいる。そして、オマエを信じる人がいる限り、オマエもまた人を信じる。人間なんてのは、そんなもんじゃねえのか。」
ボクを信じてくれる人がいる限り、ボクもまた人を信じる。
「そう。オマエを信じている人がいるだろ。だから、オマエはまた人を信じる。」
あ、あかん。涙がこぼれそうだ。
「目から汗。ってヤツだな。」
やめろ!
「いいんだよ、ソムリエ詩人くん。あ。酒場放浪記だったか。」
見ているよ! 毎週! 毎週だぞ!
「女酒場放浪記もか。」
見ているわよ!
「出血が止まらないとか言っているが、全く平気だな。町中華でレバニラ食べてんのか。」
いやもういい。一旦やめさせてもらいます。
0件のコメント